2008年02月26日
スサノオ
めちゃめちゃ強そうな名前ですよね!
スサノオ(スサノヲ、スサノオノミコト)は、日本神話に登場する1柱の神である。『日本書紀』では素盞嗚尊、素戔嗚尊、『古事記』では建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと、たてはやすさのおのみこと)、須佐乃袁尊、『出雲国風土記』では神須佐能袁命(かむすさのおのみこと)、須佐能乎命などと表記する。牛頭天王と同一視されることも。三貴子の末子に当たる。しかしながら、その与えられた役割は、太陽を神格化した天照大神、月を神格化した月夜見尊とは少々異なっており、議論の的となっている。
『古事記』によれば、神産みにおいてイザナキが黄泉の国から戻って禊を行った際、鼻をすすいだ時に産まれたとする。『日本書紀』ではイザナギとイザナミの間に産まれたとしている。
イザナギは、天照大神に高天原を、月夜見尊に夜を、スサノオに海原を治めるように言った。『古事記』によれば、スサノオはそれを断り、母神であるイザナミのいる根の国に行くと言い始め、イザナギは怒り近江の多賀に引きこもってしまった。スサノオは根の国へ向う前に姉の天照大神に挨拶をしようと高天原へ行った。天照大神はスサノオが高天原に攻め入って来たのではと考えて武装してスサノオに応対し、スサノオは疑いを解くために誓約を行う。誓約によって潔白であることが証明されたとしてスサノオは高天原に滞在するが、そこで粗暴な行為をしたので、天照大神は天の岩屋に隠れてしまった。そのため、スサノオは高天原を追放されて葦原中国へ降った。
葦原中国にある出雲の鳥髪山(現;船通山)へ降ったスサノオは、その地を荒らしていた八岐大蛇(八俣遠呂智)を退治し、八岐大蛇の尾から出てきた天叢雲剣を天照大神に献上した。スサノオは、八岐大蛇に食われることになっていたクシナダヒメを妻として、出雲の須賀(すが)の地へ行きそこに留まった。そこで 八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を と詠んだ。(「夜久毛多都伊豆毛夜幣賀岐都麻碁微爾夜幣賀岐都久流曾能夜幣賀岐袁」--『古事記』、「夜句茂多菟伊弩毛夜覇餓岐菟磨語昧爾夜覇餓枳都倶盧贈廼夜覇餓岐廻」--『日本書紀』)これは初の和歌とされる。また、ここから「八雲」は出雲を象徴する言葉ともなった。その地で大国主命などを産ませ(『日本書紀』では大已貴神(おおあなむちのかみ)。『古事記』では大国主命はスサノオの6代後の子孫としている)、その後、根の国へ向かったと言う。
『日本書紀』の一書では、高天原から追放されたスサノオは、新羅の曽尸茂梨(そしもり)[1]に降り、「私はここには居たくない。」と言い息子の五十猛尊(イソタケル)と共に土船で出雲へ渡ったとある。そのとき高天原から持ち帰った木々の種を、韓(から、朝鮮)の地には植えず、大八洲(おおやしま、本州のこと)に植えたので、大八州は青々とした地になったと言う。また別の一書では、木がないと子の大已貴神が困るだろうと言い、ひげや体毛を抜いて木に変え、種類ごとに用途を定め、息子のイタケル、娘のオオヤツヒメ、ツマツヒメに命じて全国に植えさせたという。
大国主の神話において根の国のスサノオの元にやってきたオオナムヂ(大国主)は、スサノオの娘であるスセリビメに一目惚れするが、スサノオはオオナムヂに様々な試練を与える。オオナムヂはそれを克服し、スサノオはオオナムヂがスセリビメを妻とすることを認め、オオナムヂに大国主という名を贈った。
(以上、ウィキペディアより引用)
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